思わぬ困難や逆境に直面した人がその修羅場を乗り切る力を英語で「レジリエンス」といい、日本の手引書として『再起する力』を発刊していただいた(生産性出版、4 月 23 日)。
今回も、精神的にタフであるということを考えよう。
最近、映画「男はつらいよ」全 48 巻を DVD で一挙に観た。登場人物のうち特に印象深かったのは、とらや(だんご屋。主人公・車寅次郎の実家)の隣で小さな印刷工場を経営するタコ社長だ。かれは、中小企業の経営が厳しいことをしょっちゅう嘆いている。ある時、とらやの 2 階にアメリカ人の若者が下宿する。すると、英語が堪能とは思えないタコ社長が、その若者に英語で “No money” (お金がない)、“Big Tax” (税金が高い)、“Bank Loan” (銀行借入がたいへん)と訴えていた。
ビジネスで売上や利益がはかばかしくないとか、プロジェクトで納期が厳しい、予算が不足する、品質要求が高いなどのことは日常茶飯事である。ビジネスやプロジェクトにはつきもののことだ。そこで音(ね)をあげていたのではお話にならない。この世には、それよりもはるかに過酷な経験をした人も少なくないからだ。
世界史の中で最も過酷な経験のひとつが、第2次世界大戦でナチス・ドイツの強制収容所に入れられたユダヤ人の経験であろう。ポーランドのアウシュビッツには当時の強制収容所が保存されており、囚人となった人たちの頭髪や、カバン、メガネなどの現物が展示され、ガス室も残っている。囚人として強制収容所に収容された経験をもつ心理学者V・フランクルは、収容所生活で感じたことを次のように書き記している。
「当時、私たちは、食べるとか腹をすかすとか、凍えるとか眠るとか、ミツバチのように働くとか殴られるといった人間にふさわしくない問題ではなく、ほんとうに人間らしい苦悩、本当に人間らしい問題、本当に人間らしい葛藤にどれほどこいこがれたことでしょう」(V.E.フランクル『それでも人生にイエスと言う』)
こういうフランクルの視点で考えれば、売上や利益がはかばかしくないとか、納期が厳しい、予算が足りない、品質要求が高いなどのビジネスやプロジェクトの問題点こそ、「本当に人間らしい問題、本当に人間らしい葛藤」といえるのではないだろうか。タコ社長の “No money” “Big Tax” “Bank Loan” という嘆きも同様である。いずれも、まともな環境でのまっとうな仕事につきものの苦労にほかならないからだ。働く人の最大の悩みの種であり、ストレル源となるのは、人間関係であるといわれる。「あの部長の顔を見るのが嫌で、会社に行きたくない」という人もいる。しかし、フランクルの視点からは「人間にふさわしい苦悩」である。そもそもいきるとは、わずらわしさを引き受けることである。学校では学習課題以外にも、クラブ活動や校内行事、掃除、宿題などがついてまわる。会社に勤めると、日常業務以外にも、プロジェクトに参加したり、社内イベントの実行を引き受けたりしなければならない。そして、人間関係がわずらわしいと思ったり、ストレスを感じたりするのは、あなたが①人間に囲まれて暮らしており、②生身の人間として、感性豊かに生きているということである。嘘だと思うのなら、絶海の孤島に流れ着いたロビンソン・クルーソーを考えたらよい。ある日、彼が島の中を歩いていると、白骨化した人の遺体に出くわした。この遺体は、あなたが望むありかただろうか?何しろ、①人間に囲まれることなくひとりぼっちであり、②息もせず、何も感じないで死んでいる状態なのだから。
(次回に続きます)