弊社の新しいインストラクターとしてAさんの認定中だ。弊社の認定プロセスは、1オブザーブ2日、2参加2日、3ティーチ2日、4ティーチバック2日、5コ・ティーチ2日、と合計で10日をかける。なかなかの難関だ。Aさんはたいへん優秀な候補者で、認定プロセスは順調に進んでいる。認定プロセスでどなたにもお願いしているのが、ご自身の“18番の失敗談と18番の馬鹿話”を探し出し説明の中に織り込むことと、大胆な拡大解釈で自分のプレゼンテーションに味付けをすることだ。失敗談の効用は、聞き手とインストラクターの間の距離を縮めることにあると考えている。インストラクションの場では、インストラクターが受講生に情報を提供するとか、手法を教えるという局面が必ずある。その場合、インストラクターが上から教えるという構造になりがちだ。そういうときに、たとえインストラクターがよかれと思って“成功談”を話しても、逆効果に終わりがちである。鼻につく“自慢話”と受け止められるからだ。その点、他人の苦労話や“失敗談”は誰も安心して聴いてくれるし、話し手に親近感を持ってもらえる。また、話が長くなる場合には、10分に一度程度は笑いがほしい。“18番の馬鹿話”をインストラクターがあらかじめ準備しておき、ころあいをみはからって披露すると、聞き手も楽しみながら聞いてくれ、インストラクター自身も緊張を和らげられる。さらに、大胆な“拡大解釈”が有効だ。落語の名手は、本題にはいる前に“まくら”を用意する。一般的なトピックや時事的トピックが多い。次には、そのトピックがややそれて別の方向へ進む。それに続いて、いつの間に本題にはいる。いわば、“A→A’→B”の構造だ。ためしに、手元の名席名席『小三治』(講談社)で「ときそば」の項を開いてみると、話は次のように進んでいる。「エエ、しばらくのあいだおつき合いを願いますが…エエ、しかし、まァ、商売と名がつきますってえと、これでやさしいものはないなんてことをよく言いますが、もっとも…(中略)」(ここがA。一般的なトピックから入っている)
「エエ…で、今度は、お釣りをもらうときに…(中略)」(ここがA’。話の流れを“商売”一般から“お釣”に向けて展開し、本論「ときそば」のサゲへの伏線を敷いている。「昔は夜になりますってえと、二八蕎麦なんてものが江戸の町をながして歩いていたなんてえことを言います…(以下略)」(ここからB。「ときそば」の本論に入っている)
今週、同業他社のPM研修に出させていただいた。その中で、インストラクターNさんが、“18番の失敗談”にあたる興味深い話を披露されていた。感心して、聞かせていただいた。Nさんに感謝である。
☆「あるとき日本語の文章を英訳する仕事をおおせつかった。そこで、英語力を駆使して英文を練り上げ、米国人に見せた。すると、「大学生なみ」との評価をうけ溜飲をさげた。でもよく聞いてみると、その米国人の基準では、英語の文章には「大学生なみ」「高校生なみ」「中学生なみ」「小学生なみ」「ヘミングウェイなみ」の順があるという。そして、あとにいくほど、わかりやすく達意の文章とのことだ。Nさんはそれ以来、英文を書く際にはわかりやすさを第1に考えているとのこと。
(今月の引用)「長かった今年の夏が終わってしまった。残念だ、と思っている。わたしだって身体にこたえなかったわけではないが、去ってみると惜しむ気持ちだけがのこっている。夏ほどすばらしい季節はない。」(三木卓「夏のよろこび」)
以上
エッセイ
失敗談と馬鹿話と拡大解釈
2007/09/15 中嶋 秀隆