INTEGRITY というタイトルの本(H, Cloud)に興味深いくだりがある。プロジェクトでもビジネスでも、ひとかどのことを成し遂げるには、「準備しろ! ねらえ! 撃て!」の3つをこの順番で行うことが不可欠であり、成熟した個人や組織は、バランスが取れた形でそれをやっているという。
その要点を、今回から3回に分けて紹介しよう。
第1回目は、「準備しろ!」だ。
目の前に大きなチャンスが訪れることは、だれにでもある。しかし、それに対する準備がないままにそこに跳び込んだり、最後までやり遂げることができなかったりしたら、せっかくのチャンスをものにすることができない。
例えば、事業を立ち上げる際、必要な額の資金を手当てできなければ、途中で資金が底を突き、倒産の憂き目に遭うだろう。これは人やスキルにも当てはまる。そして、その原因は、準備ができる前に飛び込んでしまったことに帰着する。
物事を判断するときに自分の衝動をうまくコントロールできない人は、準備を嫌がる傾向がある。そのスタイルは、いわば、「撃て! 準備しろ! ねらえ!」である。準備できていなかったり、機が熟していないにもかかわらず、「エイヤ-」と跳び込み、その結果、自爆したり燃え尽きたりしてしまう。
こういう人は準備作業をしっかりやるという規律が欠けている、といわなければならない。事業を始める前の事前調査、人を採用する前の本人調査などの作業だ。
周到に準備するとか、機が熟すまで待つという行為には、忍耐を要するとともに、成果を得る時期がそれだけ延びてしまうという側面がつきまとう。それをつまらないと考える人もいる。そして、懸案事項はなんによらず「やっつける」べきであり、ともかく跳び込まなければ何も生まれない、と考えるわけだ。
しかし、長期にわたって本当の成功を収めている人は、意思決定を衝動に任せたりはしない。計画を周到に策定し、機が熟すのを待ち、場合によっては、投資家(エンジェル)を探すなどの努力を惜しまない。
「あのビジネス案件(あの人の採用、あの人との結婚)については、もっとじっくり検討すればよかった。ちゃんと時間をかけていれば、こうなることに最初に気づいたはずだ。そうすれば、あとからこんなに悩まさずにすんだのに」――こんな述懐を聞く例は、枚挙にいとまがない。
ここで思い出すのが、D・ゴールマンが『EQ―こころの知能指数』で取り上げているデータだ。1960 年代に米国スタンフォード大学で実施した追跡調査で「マシュマロ・テスト」と呼ばれるものだ。4歳児を個室に呼び、1つのマシュマロを見せてこういう。「ちょっと用事を済ませてくる。待っていてくれたらマシュマロを2つあげる。待てなかったら食べてもいい。そのときは、この1つだけだよ。」
その後、青年になったときに、マシュマロ2つのために我慢できた子供たちには、社会性と対人能力に優れ、人生の難局に適切に対処できる力が身についていた。一方、誘惑に負けてしまった子供たちは、頑固で挫折しやすい傾向があったという。さらに、試験の成績でも差がついた、ということだ。
準備をするには、実際に飛び込む前に、機が熟すのを待ち、「つまらない」作業を行う必要がある。パイロットは離陸に先立ってチェックリストで機器を確認する。外科医は手術に先立ってカルテで治療歴を調べる。植木屋ははさみを使うに先立ってタバコをふかしながら庭の全体像を眺めるの。こうした行為は、いずれも、それぞれの分野の専門家が準備することの重要性を理解し、それを実践しているあらわれにほかならない。